昔読んで、ものすごく大好きだったSF小説『昔、火星のあった場所』。
ずっと絶版になっていたのですが電子書籍で復刊しました!
『昔、火星のあった場所』は、「好きな小説は?」と聞かれたら、必ず名前を挙げてしまうくらい好きな本。
作品の全体を通して感じるのは、作者の北野勇作さん独特の柔らかい空気感。ユーモラスで、けど切なくて。おそらく悲劇なのだけれども、そのやるせない気持ちすら主人公の自由にならない。
そんなもどかしく悲しい、でも読み終わった後、かすかな暖かみも心に残る、そんなステキな小説です。
Contents
日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作『昔、火星のあった場所』
『昔、火星のあった場所』は、1992年に第4回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞した作品。
確かこの年は大賞の該当作はなかったのじゃないかな。
日本ファンタジーノベル大賞というのはバブルの頃に始まった大賞賞金500万円という豪華で、そしてものすごく変わった文学賞です。
ファンタジーというと、剣と魔法が出てきてなんだかんだ、というイメージがありますが、この文学賞でいうところのファンタジーはそんな世界にとどまりません。
第1回の大賞受賞作『後宮小説』は昔の中国っぽい架空の大国の後宮で、各地から集められた女の子たちがあんなことやこんなことをして、やがて戦乱が始まるという話。(これもめっちゃオススメですよ!)
この第1回の大賞受賞作がその後の方向性を定めたのか、既存の文学賞には当てはまらないユニークで壮大な作品がその後次々と生み出されました。
中には、小説中に膨大な鉄塔の画像が挿入され、物語の中では少年たちがその鉄塔を辿り続けるという『鉄塔 武蔵野線』なんていう作品も。(個人的には一番「ファンタジー」を感じる小説です)
『昔、火星のあった場所』も、作者の北野勇作さんがあとがきでも触れられていますが、当初目的を定めずに書き続け、いざできあがってみたものの、ぴったりする文学賞がなく、唯一受け入れてもらえそうな日本ファンタジーノベル大賞へ応募したものなんだそうです。
ハードなSF小説なのにそれを感じさせない空気感
作者の北野勇作さんは、その後『かめくん』という、これまたゆるめのタイトルの小説で日本SF大賞を受賞したSF作家。
『クラゲの海に浮かぶ舟』、『どーなつ』など、どの小説もタイトルはゆるいのですが、北野さん自体もともと大学で物理学を専攻されていて、物語の設定などはかなりハードです。
ですが、難解な用語が飛び交うようなものでもなく、登場人物はみな巻き込まれ系のキャラ。ほんとはのんびりしていたいのに周りがそうさせてくれない、そんな状況で話が進んでいく、という雰囲気。
『昔、火星のあった場所』も、主人公の「ぼく」が入社したての会社でなぜか「鬼退治」を命じられるところから話が始まります。
昔話に出てくるような「鬼退治」という言葉、でもその裏に垣間見えるのはどこかシビアな状況。「鬼」というのは、元々会社から失踪した「ぼく」の同期で、鬼になってしまったので排除する必要がある…。
その後もどこか浮世離れしたフワフワした話が続きますが、その背景には常に暗いものが見え隠れします。作品中に出てくる数々の昔話にまつわるワードは、実はすべて「ぼく」が暮らす世界に比喩として現実が現れたものなのです。
読み進むうちに、トラブルに巻き込まれるのんびりした主人公の「ぼく」、なのではなく、深刻な状況にいるほんとうの「ぼく」がそこから逃げ出してつかの間のんびりしているだけなのでは、という世界観の入れ子構造が物語中に組み込まれていることに気づきます。
そして最後には、心が締め付けられるような終末。この先続いていく「ぼく」の世界ってどうなるんだろう、と切なくて悲しくて、わたしはこの小説を読み終わった後には壮大なカタルシスを感じました。
とにかくたぬきがかわいい!
『昔、火星のあった場所』は、主に次の3つの章から成り立っています。
- 火星の短い夏 桃太郎起動
- 火星の冬 かちかち山駅跡地
- 昔、火星のあった場所 猿蟹合戦終結
始めは桃太郎で鬼退治をし、そのあとタヌキの出てくる物語が始まります。
もう、個人的にこのタヌキのエピソードが大好きで!
一生懸命人間社会をまねようとするタヌキたちがキュートすぎて、始め電車の中でこの本を読んでいたのですが、笑いがこらえられなくて読むのをやめたくらい。
そして、その後のタヌキたちの奮闘。詳しくは実際に小説を読んでいただきたいのですが、もう切なくて、タヌキに感情移入しまくりです。
これはね、キツネにはできないことなんですよね、タヌキだからこそあきれながらも応援してしまう…ああ、詳しく書きたいけど、読んだときのお楽しみにとっときますね。
北野勇作さんの世界観に浸ってほしい
インターネット上で『昔、火星のあった場所』の感想を見ていると、「よくわかんなかった」、とか「よくわかんなかったけど雰囲気が好きだった」という表現をよく見かけます。
あとがきを読んでみても、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞後、出版社の人に「途中で読むのやめた」と言われたり、わかりにくいから物語の根本的な設定を変えるように言われたり、そもそも絶版になってしまったりと、いろいろとあった北野勇作さんの処女作。
四半世紀もたって、電子書籍で復活してよかった!
確かに、わかりやすい物語ではありませんが、読み終わった後感じるそれまでの没入感はなかなか他の小説では得られるものではないですよ。
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