「女子マネージャー」という不思議な存在:高校野球の女子マネ問題に思うこと

昔から「女子マネージャー」という存在が個人的に理解不能だったわたし。

たまたま友だちに「女子マネージャー」をしている人がいなかったり、若しくはそういうタイプの女の子と友達になる機会もなかったのか、実際に彼女たちがどういうことを考えながらその役割を演じているのかもわからず、「一体女子マネージャーってなんなんや???」と常々思っていました。

今回はそのちょっと不思議な存在である「女子マネージャー」について、他のスポーツでのマネージャー的な役割とからめつつ語ってみたいと思います。

「女子マネージャー」はそうなるように強いられた女の子ではない

今年の夏の高校野球で、女子マネージャーがグラウンドの中に入れなくてどうのこうの、と少し話題になっていました。

概要としては、甲子園で練習中、選手に交じって女子マネージャーがグラウンドに入って練習の補助をしていたところ、それに気が付いた大会関係者が「女の子は高校野球の現場に入っちゃいかんよ」と制止した、ということのようです。

ネット上では「差別だ」「前時代的だ」等々お決まりの批判がされていたようです。

正直、個人的には女子マネージャーと呼ばれる存在が部のマドンナ的な立ち位置で、洗濯したり励ましたりなんだかんだということのほうが「どうなん?」と思うので、そういう位置付けのマネージャーが今回の差別的とも言えるような扱いを受けたからといっても、なんというかまあ、そんなものなのでは…?と思うのです。

一つの「女子マネージャー」という芸風とでもいいますか。

たとえば、選手の男の子たちが真夏の炎天下で苦闘を演じることを強いられ、短く髪を刈りこむことをも強いられる状況を時代錯誤と一言で片づけることは簡単ですが、おそらく高校球児たちは単純に「強いられている」わけではなく、そこになんらかの憧れを持って自主的に参加しているはずです。

「あんた、その考え古くてダサいよ」といたいけな高校生にずけずけ言っちゃうのはちょっとかわいそう…。確かに細い眉毛はどうかと思うけどさ。今はあんまりいないか…。

女子マネージャーについてもしかり。

彼女たちも、古い芸風にのっとって甲子園を目指している男子部員と同じく、「女子マネージャー」という役を自ら進んで演じているのです。もしかすると、そこには男の子たちしか入れないグラウンドへうっかり入ってしまい、注意されると爽やかに身を引く、ということも含まれているのかもしれません。その際の衣装はユニホーム姿なのになぜかロングのストレートの黒髪をなびかせるものと決まっているのかも。

女子マネージャーの中には、中学まで男の子に交じって野球をしていたけど、高校になって活動の場がなくなり、少しでも野球のそばにいたい、と思ってマネージャーをしている子もいるかもしれません。ただそういう子は野球に近い生活をしてきた分、なおさら「女子マネージャー」の実情を知っているのでは、と推測します。

つまり、「いいじゃん、好きでやってんだから…(ほっといたげようよ)」というのが今回の件でのわたしの率直な感想です。

そもそも「高校野球」というものが他のスポーツとは異なり、全国の高校スポーツの中の野球の大会ではなく「高校野球」若しくは「甲子園」と呼ばれる独特の文化、芸の大会であるので、そこへ一般的な常識を持ち込んで、外野があーだこーだと文句を言うのは無粋というものでしょう。

外野が心配しなくとも、現に少しずつ「高校野球」も時代の流れに合わせて変化はしています。

その証拠にこのポスター。

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この写真の広告意図を知りたい(いろんな意味で)

まさに「高校野球」の吊り広告なのですが、ミニスカの制服の女の子達が両足を大きく開き、赤いメガホンを持って応援しています。

「やっぱり女子マネ的なあれかい!」と突っ込みをいれそうになりましたが、よく見ると両サイドの隅の方に男の子がひとりずつ混じっています。

伝統芸能といえども、時代の波を乗り越えないと生き残れないのですね。それは当事者もうすうす感じることなのでしょう。(っていうか、女の子がグラウンド内に普通にいますね。)

スポーツにおけるマネージャーの役割

とは言え、選手が競技に集中するためにそのサポートをするマネージャーという役割はとても重要なものです。わたし自身はスポーツと縁遠い生活を送ってきましたが、マネージャーの重要性を感じたことが何度かあります。

能代工高バスケ部の場合

以前、国体の運営のお手伝いをしたことがあるのですが、そのときたまたま担当したのが高校の男子バスケットボールでした。

当時は能代工高バスケ部の全盛期で、インターハイ6連覇という偉業のちょうど真ん中あたりの時期です。

あまりそのあたりの事情に詳しくなかったわたしは「田臥が来るで、30年に一度の逸材なんやで、あんな子はなかなか出てこんで。」などと周りの人が話すのを聞きながら「どんなにすごいんやろか、ただ30年ってスパンはさすがに長すぎやろ。」などと思っていました。

その田臥とはみなさんご存知の田臥勇太選手のことで、日本人で初めてNBA選手となった人物です。

当時まだ高校1年生だった田臥選手は身長170cmほどとバスケットボール選手としてはとても小柄で、しかしながらその動きや瞬時の判断力はすばらしいものでした。

また、田臥君のみならず、レギュラーメンバーの全員のレベルが非常に高く、また錬度も高く、それまで体育の授業や校内大会ぐらいでしかバスケットボールをしたり見たりしたことがなかったわたしは、目の前で繰り広げられるそのスピードや無駄のない動きに「魅せるスポーツってこういうのなんだ!」と感激したのを覚えています。

そんな能代工高のバスケ部ですが、選手をサポートするマネージャーとしてひとりの男の子がいました。国体でのお手伝いの際に能代工高の試合や練習を見た中で、選手のすばらしさはもちろんですが、そのマネージャーの有能さにわたしは驚きました。

練習の初めのランニングは選手と一緒に走り、いつも首からホイッスルを下げて練習中の仕切りはすべて彼が行います。また、選手がパス回しなどの練習を始めると、監督のそばへ行き、ずっと何か二人で話をしています。監督は選手たちに練習についての指示を出すことは一切なく、選手はすべてにおいてマネージャーの指示で動いているようでした。

練習のサポートとして笛を吹いたり、ボールを出したり、という受け身のイメージがあったマネージャーとは全く異なるその姿について、体育系の大学を出た同僚に感想を話してみると、一流の運動部には必ず有能なマネージャーがいて、運動能力自体は選手と同等のものを持っていること、また、就職活動をする際はそのスキルを買われてマネージャーが選手よりも先に就職先が決まることが多いということを教えてくれました。

まさに、言葉通りチームのマネージメント(組織管理)をしているのがマネージャーなのです。

自転車ロードレースプロチームの場合

一方、日本の運動部で女子マネージャーに求められる役割(=母親・彼女)もやはり必要なんだなあ、と思ったスポーツがあります。

日本でも最近人気が出てきた自転車ロードレース。

あまり興味のない人でもヒマワリ畑の中やシャンゼリゼ通りをカラフルなジャージを着た集団が自転車で駆け抜けていくツール・ド・フランスの写真や映像を見たことがあるのではないでしょうか

こういったレースに出ている選手たちは全てプロの自転車チームに所属しています。個々人でレースを走っているように見えますが、実は綿密に練られた作戦に基づいてそれぞれの選手が走っているチーム戦です。

ソワニョールの仕事

ロードレースのチームの場合、選手が試合に集中できるように選手をサポートをする人たちとして、ソワニョール(セラピストの仏語)と呼ばれる人たちが働いています。

ソワニョールはマッサーとも呼ばれたりしますが、その主な仕事は選手の体のマッサージをすることです。

ロードレースは非常にタフなスポーツで、前述のツール・ド・フランスなどでは2日の休息日を除いた3週間、毎日200km前後の距離を走り続け、日によっては2,000m級の山を上ったり下ったりまた上ったりします。レースが終わった後、翌日に疲労を持ち越さないために固くなった筋肉をマッサージでほぐすことは非常に重要です。

また、ソワニョールはマッサージだけでなく、選手の身の回りのこと、チームの雑務などを引き受けています。

レースは毎日5時間以上かかるので、選手は食事なども走りながらとります。その際の食べものや飲みものの手配や準備(選手の好みに合わせたサンドイッチ作りなど)、車と変わらない速さで走る選手への補給食の手渡し、そして車での移動。レースが終わればマッサージに選手の洗濯物のお世話など…。

ソワニョールのツイートなんかを見ていると、いつも担当の選手のことをほめて励まして、なんだかお母さんのようにも思えます。現に、マッサーとして選手の彼女や奥さんなんかが帯同していることもあります。また、選手が別のチームへ移籍する場合、慣れ親しんだソワニョールも一緒に移籍させたりもします。

メカニックの仕事

チームにはメカニックと呼ばれる人たちも働いています。ソワニョールのように選手たちを後方からサポートする仕事ですが、文字通りメインの仕事は自転車の整備です。

ですが、メカニックもソワニョール同様、工房でじっと作業をしているだけではすみません。レース中どんなトラブルが起きるかわかりませんから、ずっと車で選手を追いかけて、トラブル発生となったら車から飛び出して修理や車体の交換をしなければなりません。軽度のトラブルであれば、高速で走る車の中から、車と並走する選手の自転車を調整します。

レースが終われば夜遅くまで自転車の洗浄や組み立て・調整、足りない部品などの手配も必要になるかもしれません。けど、そんな忙しい仕事の合間にも、選手がふらりと現れて「このゼッケンのここんところちょっと切って。」なんて言ってきたりするそうです。

ロードレースは肉体的にもハードですが常に命の危険とも隣り合わせの精神面でも辛いスポーツ。毎日のプレッシャーの中で、そうやってちょっとメカニックの人に相手をしてもらって気持ちをほっと落ち着けることができるのかもしれません。

もともと手先の器用な人たちなので、例えばチームのゼッケンをかわいく切り抜いてチームカーに張り付けたり、その日のレースのコースマップを選手の自転車のちょっとしたスペースに取り付けてあげたり、これまたメカニックだけど女子力高いな、と思わせる方法で選手たちを支えていたりもします。

そもそもマネージャーに女子も男子もないと思うよ

話は高校野球に戻ります。

なぜ、日本の高校野球には女子マネージャーというものがつきものなのか。

マネージャーを「スポーツチームを管理する人」と位置づけるのなら、その組織内の立場は選手と同等、若しくは選手の上位にあたるのかもしれません。

しかしながら、野球に限らず日本の高校スポーツ部内ではなぜかマネージャーというと補助・手伝い・雑用…というイメージがあります。もしかすると、そのあたりの認識が「マネージャーの仕事=女子の仕事」という位置づけになったのでしょうか。

若しくはその逆で、男子部員たちの集団から近いところで関わりたい、と思った女子が「マネージャーぐらいなら。」という気持ちでマネージメントを雑用というところまでレベルを引き下げたのか。

そのあたりのことは、全くの外野のわたしの知るところではありませんのであまり論じたくはありませんが、実際のところ、今の女子マネージャーがしている仕事はきっと雑用で済まされるものではないでしょうし、監督によっては女子であっても責任のある仕事を任せる先生もいるでしょう。「記録員」として女子がベンチ入りを認められている今、またそれに立派に答える女子もいるはず。

また、それ以前にマネージャーとしての自覚を持って重要な役割を果たしている男子マネージャーも少なからず高校野球界にもいるはずです。

「女子マネージャーがグラウンドに入るなと差別された」と批判するのは簡単ですが、わたしは「そんな高校球界でも、本気でチームをマネージメントしている女の子や男の子たちだっている」と思いたいです。

余談

なんだかこの本がすごく気になるのです。これを読めばいろんなモヤモヤが晴れるのでしょうか。

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大阪北部に生まれ育ったのんびり屋です。
わたしが実際に、

*訪れてみた場所・お店
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*ぼんやりと思った気持ち

などなどを好き勝手につづっています。
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2017年2月20日、有名ブロガーさんが発行する合同メルマガ『EdgeRank』へ寄稿させていただきました!
また、ライターとして月刊誌『CHINTAI 近畿版』にて、地域情報を紹介させていただいています!